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誠二くん15歳、初めて吉原に来ました(その4)

2012 - 04/09 [Mon] - 01:59

この小話は、一応これでおしまいです。
こんな風に始めちゃったから、一巻冒頭の誠二はああだったんだなと思っていただければと。

…まあでも、ご隠居といい、夕月といい、なんだかんだで誠二は結構優しい人が傍にいたんだなと。何だよ意外と恵まれてたんじゃんか、なんて思ったり。

では、追記をどうぞ。



「……あれ。来たんだ、あんた」
「お待たせして申し訳なかったでありんすなあ」
 柔らかく笑って、夕月が上着を脱いで屏風にかける。
 誠二は布団に寝転んだまま、ぼんやりとそれを見上げ、
「来るの遅いから、もう寝ようかと思ってた」
「女を待って寝たふりなさる殿方も多うござんすが、本気で寝るのは野暮でござんすなあ」
「うん。俺、たぶん野暮なんだろうな」
 ようやく布団の上に身を起こし、誠二は小さくあくびをした。
 夕月は誠二の傍らに座ってそれを眺め、
「眠いなら、別にそのまま寝ても良うござんすえ」
「膝枕とかしてくれんの?」
「主さんがしてほしいなら」
「……じゃあ、ものは試しに」
 ころりと、夕月の膝の上に頭を載せてみる。
 膝枕など小さい頃に母親にしてもらって以来だが、やはり何かが違う気がした。なんだか柔らかくて、いい匂いがして、あまり落ち着かない。目を上げると、思いのほか間近から夕月がこちらを見下ろしていた。笑みを含んだ眼差しが、誠二をまた落ち着かない気分にさせる。
「……俺のこと、ガキだなあって思ってる?」
「さあ、どうでありんしょう」
 優しい顔で、夕月が笑う。
まるで年の離れた弟でも眺めるかのようなその視線に、誠二は身を起こし、
「あのさ」
「あい。何でありんすか?」
「今夜は、あんたは俺の妻なんだろ」
「あい」
「明日になったら?」
「主さんが明日もいらっしゃるのであれば、わっちは明日も主さんの傍におりんす」
「他の客が来たら?」
「それは主さんとは関係のないことでありんすなあ」
「俺、別に今夜あんたと何もしないままでもかまわねえんだけど」
「それならそれで、わっちもかまいんせん。ただ、今夜は主さんの傍におりんす」
「それが仕事だから?」
「主さんが一人で寝てる姿が寂しそうだったからでありんす」
「……やっぱガキ扱いしてんじゃねえか」
「ほほほ、だって本当に、寂しそうな背中だったのでありんすよ」
 夕月が手をのばし、誠二の頬に触れた。
「今夜、主さんがどのようにお過ごしになろうと、それは主さんの自由でありんす。けれど、わっちは主さんの傍におりんす。だから、安心してお休みなんし」
 細い指が、誠二の頬を優しくなでる。
 誠二はその手を取り、夕月を見つめた。夕月は、優しい瞳のまま、誠二を見つめ返す。
 ……不思議な女だな、と思った。
 ただ仕事なら、別にそんなに優しい顔をしなくてもいいだろうに。
 誠二はまた口を開いた。
「さっきあんた、面白いこと言ってたな」
「面白いこと?」
「吉原は嘘と真似事でできてるって。嘘も真似も本気で守れば、本物みたいに見えるって」
「あい。その通りでありんす」
「なら──楽しいふりしたら、本当に楽しくなるかな?」
「そのときはただのふりかもしれんせんが、後で振り返ってみたときには、本当に楽しかったように思えるかもしれんせんなあ」
 夕月がそう答える。
 それなら、今のこの夕月の優しい瞳もまた、嘘なのだろうか。真似事なのだろうか。
 けれどそれでも、後で自分が夕月を思い返すとき、頭に浮かぶのはこの瞳なのだ。柔らかくて優しい、年の離れた姉のような瞳。
 それが本当か嘘かなんて、どうでもいいのかもしれない。
 そんなことはどうでもいいと、そう言い切って夢に浸ろうとするのが、この吉原という場所なのだろうか。
(……ああ。それなら、意外と性に合うかもしれねえなあ)
 へらりとした笑みが、誠二の顔に浮かぶ。
 嘘でも、真似でも、ふりでも、それは確かに楽しげにしていた方がいいのかもしれない。
 何が楽しいのかなんてわからなくても──楽しいふりをして日々をやり過ごす方が、深刻なふりをして過ごすよりもたぶんずっと楽だ。
 これが世の中の者達にとって楽しいことなら、誠二もまたそれを楽しむふりをしよう。
 いつかそれが本当に楽しいと思えるようになるその日まで。
「あのさ」
「あい?」
「……やっぱ、してみてもいい?」
「主さんがしたいのであれば」
「初心者なんだけど」
「では、お教えいたしんしょう」
「わあ。それじゃ、まずは何から?」
「では──口づけから」
 夕月がそう言って微笑む。細い手が再び誠二の頬に触れ、そのまま己の方に引き寄せた。
 唇が重なった。
 最初ふわりと触れたそれはやはり柔らかく、やがて口づけが深くなるにつれて触れた舌も、また柔らかく思えた。女という生き物は何もかもが柔らかいのだろうかと、誠二は考える。
 夕月が唇を離し、言った。
「これが、口づけでありんす」
「うん。悪くないね」
「では、先に進みんすか?」
「うん」
 誠二はうなずいて、夕月の体に腕を回した。抱きしめてみる。
 やっぱり、女の体はどこもかしこも柔らかい。
「……こういうときって、やっぱり何か言った方がいいの? 愛してる、とかさ」
「わっちのことを愛してくださるのでありんすか?」
「さあ。どうだろう」
 誠二が首をかしげてそう言うと、夕月は誠二の腕の中でひそやかに笑い、
「つれない男でありんすなあ、主さんは。女郎につねられても文句は言えないでありんすよ」
「つねるんだ。女郎って」
「それも愛の一つでありんす」
「愛って難しいなあ」
 誠二はそう言って、夕月の体を布団の上に押し倒した。
 上から覆いかぶさるようにして、夕月を見下ろす。
 美人だな、と思った。綺麗で、優しくて、ほっそりしてて、柔らかくて。
 けれど、この人を愛せるかどうかは、本当にわからなかった。
(……だって、愛って何だよ? 知らねえよ、そんなもの)
 でも、たぶん──愛してるふりなら、できる。
 嘘でいいなら、真似事でいいなら、それが許されるのであれば。
 それがいつか本物に変わるかなんて、知らないけれど。
 誠二は、先程の夕月を真似て、ゆっくりと夕月の頬の上に指を滑らせた。
「愛してるよ、夕月」
 へらりと笑って──誠二は、そう言った。
 夕月は誠二を見上げ、かすかに目を細めると、
「これはまた随分と、誠のない言葉でありんすなあ」
 そう言って、どこか困ったような顔で、夕月は笑った。

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プロフィール

水瀬桂子

Author:水瀬桂子
水瀬桂子。
1月21日生まれ。水瓶座のO型。
趣味は観劇、映画鑑賞、読書。旅に出るのも好きです。
おいしいものを食べて、素敵な物語に接していられれば、この上なく幸せです。
三笠書房f-Clan文庫さんより、『妓楼には鍵の姫が住まう-死人視の男-』『妓楼には鍵の姫が住まう-黄泉がえりの人形-』が発売中です。

なお、「水瀬桂子」は「渡瀬桂子」と同一人物です。渡瀬桂子名義の近刊に『少年魔法人形 キスからはじまる契約魔法』『ある日、月の夜に。-わがままな魔女と人狼の騎士-』(ともに一迅社文庫アイリスさんより)があります。水瀬名義は、f-Clan文庫さんが初めてです。こちらは、より趣味っぽい感じのもの用になりそうな予感…。

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