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誠二くん15歳、初めて吉原に来ました(その3)

2012 - 04/09 [Mon] - 01:55

というわけで、小話の続きです。その1、その2を読んでから、追記をどうぞ。
誠二も一応男の子ですよという感じです(笑)。


 そうして連れて行かれた妓楼は、松川屋という名前の大見世だった。
 二階の座敷に上がると、小さな女の子が茶と煙草盆を持って寄ってきた。続いて、酒と硯蓋に載せられたかまぼこやら枝豆やらが運び込まれる。
 やがて、年配の女性に連れられて、女郎が一人座敷に入ってきた。
「よお、夕月。今日も別嬪だなあ」
 ご隠居が、女郎に向かって笑いかけた。女郎はにっこりと笑顔を返し、
「お久しゅうござんすなあ。ご隠居様のお顔を見られず、わっちは寂しゅうござんした」
 柔らかな声で、そう言った。
 誠二は座ったまま、夕月の顔を見上げた。
 ご隠居が言った通り、確かに美人だった。細面の顔に、切れ長の目。紅の塗られた唇は優しげな笑みを浮かべている。先程花魁道中で見た女郎は凛として強く堂々としていたが、夕月はどこまでもたおやかで、儚げですらあった。
「さあて、誠ちゃん。これからな、祝言の真似事するぜ」
 ご隠居が言った。
「祝言? おい、じいさん、何だよそれ」
「何だそれじゃねえよ。この夕月は、今夜一晩、お前さんの妻になるんだ。妻になるからにゃあ、祝言あげんのは当然だろ」
「は? 当然って、そんな……」
 何しろ初めて吉原に来たのだ。作法も何もわからない上に、いきなり祝言などと言われても困る。そんな堅苦しいものなのか、吉原遊びというものは。
 と、夕月がくすりと笑って、誠二に言った。
「おかしな決まりでござんしょう? けれどご安心を、所詮は真似事でありんす」
「真似事?」
「吉原遊びは一夜の夢でありんす。ここは外の世界とは異なる夢の場所、ゆえに客も女郎も廓の中でしか通用しない決まりにのっとって、その夢を守るのでありんす。吉原の理は、嘘と真似事で作られているのでありんすよ」
「嘘と真似事……」
「そして、嘘も真似も、本気で守れば、本物のように見えんす」
 夕月はそう言って、誠二の隣に座った。
 そして、本当に祝言の真似事が行われた。三々九度の盃を誠二と夕月で交わし、その後幇間やら芸者やらが座敷にやってきて、宴会になり──その間、夕月は特に何を喋るでもなく、ただ穏やかに微笑みながら、誠二の隣に座っていた。
 祝言と言われても、誠二は本物の祝言など見たことはない。こんなものなのかと思いながら、誠二はぼんやりと宴会を眺めていた。ご隠居は自分の馴染みの女郎を座敷に呼び寄せ、楽しそうに酒を飲みながら、芸者の踊りを眺めている。
 やがて芸者や幇間が引っ込み、夕月もまた座敷を出て行った。
「じいさん。俺の嫁が出て行っちまったんだけど、もう離縁か?」
「馬鹿。支度があんだよ。そうれ、お前もそろそろ移動だ」
「移動?」
 見れば、妓楼の者と思しき若い男が、襖を開けて誠二の方を見ている。誠二と目を合わせると、「こちらへどうぞ」とばかりに手招きした。
 先程夕月を連れてきた年配の女が誠二に向かって「おしげりなんし」と笑顔を向け、それでようやく誠二は、これから何が起こるのかを察した。
(あー……つまり、『床入り』ってやつか)
 助平爺曰くの「初会からやれます」とは、このことらしい。
「……んじゃ、行ってくる」
 のそのそと立ち上がって座敷を出ていく誠二に、ご隠居が言った。
「大丈夫か? 緊張してねえか? ちゃんとやれるか、お前」
「うるせえよ、助平爺」
 そう言い捨てて肩ごしに手を振り、誠二は妓楼の者の案内で、小さめの座敷へと向かった。すでに寝床が用意されている。誠二が布団の上に座ると、また小さな女の子が茶と煙草盆を持ってきた。誠二をここまで案内してきた男が寝床の周りを屏風で囲い、明日の朝の迎えの時間を告げて、「では、花魁が来るまでお待ちください」と言って出て行った。
(……ええと)
 一人にされて、誠二はぐしゃりと己の髪をかき回した。
 なんというか、女が来るのを布団の上でこうして待っている様というのは、傍から見たらものすごく間抜けなのではなかろうか。それとも、世の男というのは、そういうものなのだろうか。
(まあ、そういうことするための場所だもんなあ、ここは)
 しみじみと布団を眺めやる。色が真っ赤なのが、なんだか艶めかしい。
 別に誠二とて、そういうことに全く興味がないわけではないのだ。
 ただ、なんとなく──そういうことをする意味が、よくわからないだけで。
(楽しい……のかな? そういうのって)
 生きてるから、人生は楽しまなければならない。それが持論のご隠居が、誠二をここまで連れてきた。
 それならたぶん、そういうことをするのは世間一般では楽しいことなのだろう。
(……楽しめなかったら、どうしよう?)
 もしそうだったら、本格的に自分は普通ではない人間になってしまう気がする。
 それは誠二にとってはとても怖いことで、けれど今更のことのようにも思えた。
(まあ、ごかましちまえばいいのか。適当に)
 そう、いつものようにへらりと笑って、上手いことごまかしてしまえば──
(ごま……かせる、こと、なのか? え? あれ?)
 そこでふと、全く別種の不安が頭をもたげた。待て待て、そもそもこれからすることってどんなことだったっけ、と。
 唐突に、ご隠居に以前見せられた春画を思い出した。あれだ。つまり、これからするのはそういうことだ。ええとあの絵に描かれてた人達ってそんなに楽しそうな顔してたっけ、なんかあれ人体には不可能っぽい感じに体曲がってなかったっけ、いやでも自分はあれをするのだ、ということはつまり、などと色々考え──何やら急に恥ずかしいような気分になってきてしまった。
(……に、逃げようか今のうちに)
一瞬、本気でそんなことを考える。が、そんなことをしたらご隠居に目一杯笑い飛ばされる気がした。それは嫌だ。絶対嫌だ。でも、だったら、どうすれば。
 そのとき、ぱたりぱたりと廊下を進む上草履の音が聞こえた。
誠二は思わずびくりとして、襖を振り返った。
 が、足音はそのまま違う座敷の中へと入っていき、誠二は意識せず詰めていた息を吐き出した。
(──馬鹿馬鹿しい。何やってんだ、俺)
 じたばたしていた自分が急に馬鹿らしくなった。
 そもそも、生きてるから楽しまなければ、なんて理論は全く信じられないのだ。ただ単にご隠居に馬鹿にされるのが嫌なばっかりに、ここまで来てしまったようなものなのだ。
 だったら──いつものように、適当に済ませてしまえばいい。
 それが自分だ。もはや変えようもなく、それが自分という人間だ。
「……ていうか、嫁来るの遅いし」
 ぽつりと呟いて、もう一度髪をぐしゃりとかき回す。
「もーいいや。寝ちまおう。うん」
 誠二はごそごそと布団の中にもぐり込み、夜着をかぶって目を閉じる。なかなかに上等な布団で、寝心地はかなりいい。
 廊下を、また誰かがぱたりぱたりと歩いている音がする。どうせ他の部屋に行くのだろうとたかをくくって、誠二は襖に背を向けるように寝返りを打つ。
 と──襖が静かに開き、
「もしえ。もう寝なんしたか?」
 聞こえた声に、誠二はかぶった夜着から顔を出して、振り返った。
 夕月が、そこにいた。

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プロフィール

水瀬桂子

Author:水瀬桂子
水瀬桂子。
1月21日生まれ。水瓶座のO型。
趣味は観劇、映画鑑賞、読書。旅に出るのも好きです。
おいしいものを食べて、素敵な物語に接していられれば、この上なく幸せです。
三笠書房f-Clan文庫さんより、『妓楼には鍵の姫が住まう-死人視の男-』『妓楼には鍵の姫が住まう-黄泉がえりの人形-』が発売中です。

なお、「水瀬桂子」は「渡瀬桂子」と同一人物です。渡瀬桂子名義の近刊に『少年魔法人形 キスからはじまる契約魔法』『ある日、月の夜に。-わがままな魔女と人狼の騎士-』(ともに一迅社文庫アイリスさんより)があります。水瀬名義は、f-Clan文庫さんが初めてです。こちらは、より趣味っぽい感じのもの用になりそうな予感…。

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