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誠二くん15歳、初めて吉原に来ました(その2)

2012 - 04/09 [Mon] - 01:50

そういえばこの小話って1000ヒット御礼だったような…もう2000超えてますねえ…ええと、すみません。
その1読んでなくても全然平気ですが、念のため。→その1

そして、やっぱり長くなってしまったので、ちょっと分けます。
では、ご興味のある方は追記からどうぞ。

 


 誠二が吉原通いを始めたのは、十五の年からだ。
 知り合いのご隠居に連れられて、初めて廓に足を踏み入れた。ご隠居はいわゆる「悪い大人」というやつで、まだガキだった誠二を平気で賭場に連れて行くような人だった。長くのばした髪を一つに束ね、派手な着物を着て粋に銀煙管をくわえたその姿は、誠二の目から見てもなんだか格好良くて、「誠ちゃんよう、暇ならどっか遊びに行こうぜ」などとにやりと笑って言われると断りづらくて、なんだかんだであちこち二人で出かけた覚えがある。
 去年風邪をこじらせてぽっくり亡くなるまで、ご隠居は、誠二にとって「面白いじいさん」であり、もしかしたら唯一の「友達みたいなもの」だったのかもしれない。

「おう、吉原にやってくんな! 今日は誠ちゃんが大人の階段を上るめでてえ日だ、早いとこ頼むぜ!」
「黙れじじい! 声でけえんだよあんたは!」
 船頭が必死に笑いを噛み殺している気配を背中で感じつつ、誠二はご隠居を睨みつけた。
 誠二にしてみれば、何がどうしてこういう運びになってしまったのかがさっぱりわからない。いつものようにご隠居と団子を食いながら将棋をさしていただけだったはずなのに、なぜいきなり吉原なのか。
(ていうか、何が『筆おろしはもう済ませたか?』だよ。余計なお世話だ、この助平爺!)
 何しろこの爺、誠二が断ろうとしたら、あろうことか誠二の股間をむんずとつかみ、「なんでえ、まさかその若さで使い物にならねえのかこれ」などと言いやがったのである。馬鹿にすんなと誠二が怒鳴ると、じゃあ行こうさあ行こうということになってしまった。そして結局、柳橋から吉原行きの舟に乗せられて今に至る。
「吉原はなあ、楽しいぞお。男にとっちゃお前、竜宮城とか桃源郷とかそういうもんだ。いいぞお、あれは」
 誠二の後ろに座り、ご隠居はさっきからしきりにそんなことを話している。
 誠二はぶすっとした顔でご隠居に背を向け、景色を見るふりをしてそれを無視していた。
 今はちょうど桜の季節だ。川岸にはちょうどいい具合に咲いた桜が何本も並び、花見らしい客も出ている。枝から降り落ちた花びらが川面を埋め、舟はそれをかき分けるようにして、隅田川をさかのぼっていく。
 ご隠居と一緒にいるのは悪くない暇つぶしで、それ自体は結構気に入っている。ご隠居の人柄も、助平だしお節介だし変人だとは思うが、嫌いではない。
 けれど唯一困るのが、ご隠居が妙に熱心に誠二に向かって「楽しめ」と説くことだ。
 ──ご隠居曰く、人生というものは楽しまなければ損なのだという。
 なぜならそれは、生きているからなのだという。
(生きてるからには楽しまなきゃ駄目だって……言われても、なあ)
 馬鹿馬鹿しい。そんな馬鹿げた理由があるものか。何の筋も通らない。
 大体、人は何をもって、己が確かに生きているなどと判断するのだろう?
(……まあいいさ。ちょっとでも暇つぶしになるんなら)
 吉原に行って、それで一晩退屈しのぎができるのなら悪くはない。
 どうせ行くところも、行きたいところもないのだ。話に聞く吉原がどんなものか、一度この目で見てみるのもいいだろう。
「聞いとるのかこのガキは! 年寄りの言うことは、一言一句漏らさず聞けと教えたろうが!」
「わっ」
 こーんと後ろから煙管で頭を叩かれて、誠二はご隠居を振り返った。
 実際は少しも痛くない頭をそれでも手で押さえ、
「何すんだよ、痛えじゃねえか。クソジジイ」
「じじいの話は聞けって言ってんだ、このクソガキ」
「年寄りの話は長い上に面倒くせえから苦手なんだよ。もーさっきから眠くってさあ」
 へらりと笑って誠二が言うと、ご隠居はぐいと誠二の方に顔を寄せ、
「何言ってんだ。夜はこれからだぞ。ガキがお眠の時間になってからが、男の時間よ」
 そう言って、誠二の肩越しに何かを指差してみせる。
 見れば、暮れかけた空の下、川の左手に松の木が立っていた。立派な枝を川の上に張り出すようにのばした、立派な松である。そのちょうど向かい側の岸には、どこかの藩の屋敷らしきものが見えた。
「あれが首尾の松。そんで、反対側の岸にあるのが椎の木屋敷、名代の椎ってやつよ。二つ合わせて、吉原の入り口を示す目印みてえなもんだ。吉原はもうすぐそこだぜ。ほーら、目ぇぱっちりさせてしゃんとしな。花魁が待ってるぜ」

 吉原大門を初めて見た誠二の素直な感想は、「有名な花街の入り口くせに意外と普通の門なんだな」だった。何の変哲もない屋根付きの木製の門で、別にそこまで大きいわけでもなく、中に桃源郷があるとはとても思えない。が、周囲の客達は嬉しそうな顔で、いそいそとその門をくぐっていく。
「ははん、門がたいしたことねえから、中の街もどうってこたあねえんじゃねえかと思ってんな? ──さあ、これが吉原だぜ」
 ご隠居が誠二の背中を押し、大門の中へと進ませる。
 途端、誠二の目に映ったのは、満開の桜だ。
「……え?」
 大門から真っ直ぐのびる大きな通り。その中央に、大きな桜が何本も植えられているのだ。左右にのびた枝は無数の花を抱え、通りを歩く人々の頭の上にはらはらと白い花弁を降らせている。通りの脇に植えるならともかく、こうもど真ん中に桜並木を植えるとはどういうことなのだろう。これではまるで、通りを行く客よりも桜の方が主役みたいだ。
(ああ違う、ここじゃ本当に桜の方が偉いんだ。客なんかより)
 その証拠に、誰もが道の真ん中に植えられた桜を見上げている。邪魔だなんて少しも思わず、まるで桜のために道を開けるかのようにしながら、ただそこで花びらを降らせている桜を、その美しさをひたすらに愛でている。
 誰かがどこかで、花魁道中だ、と叫ぶのが聞こえた。
 途端、わあっと歓声めいた声が響き、通りを歩いていた客が一斉に一つの方向を向く。
「あっちだ」
 ご隠居が誠二の腕を引き、周囲の者達が振り返った方へと歩き出した。人の多い道をするすると器用にすり抜け、誠二を人だかりの前へと押し出す。
 程なく、箱提灯を持った男に先導されてやってくる一人の花魁の姿が目に入った。高さが五寸以上ありそうな黒塗りの下駄を履き、下駄の歯を外向きに回して地面を擦るような不思議な歩き方をしながら、ゆっくりとこちらに向かって進んでくる。花魁の傍には、振袖をまとった幼い少女や年若い娘がつき従っていた。たぶんあれが禿やら新造やらいうものなのだろう。
 複雑な髷を結った頭に幾つもの櫛や簪を挿し、きらびやかな着物を何枚も重ね着した花魁は、周囲の視線を一身に引きつけながら、しかし誰に向かって微笑みかけることもなく、ただ堂々とその美しさを誇示していた。後ろから差しかけられた大きな長柄傘の上に雪のように降り注ぐ桜吹雪さえも、まるで彼女を引き立てるために用意された演出のように見える。
 通りにいる客達は誰もが花魁道中のために道をあけ、通り過ぎていく花魁を一目見ようと伸び上がっては、見事だ綺麗だ美しいなどとため息を吐いていた。
 ──成程ここはそういう場所なのかと、なんとなく誠二は納得した。
 ここではたぶん、綺麗なものが一番偉いのだ。
 客よりも桜が、桜よりも花魁が。
 だから皆、綺麗なもののために道をあける。そんなこと、ここ以外ではありえない。
 たぶんここは、外とは全く違う理で動いている場所なのだ。
 あらためて通りの左右を見れば、大門の飾り気のなさが嘘のように豪勢な建物が並んでいた。軒にぶら下がる真っ赤な提灯、どこからか響いてくる三味線の音は心を浮き立たせるかのような調べで、それにかぶさるように様々な物売りの声も聞こえてくる。賑やかで、華やかで、きらびやかで。
(成程、桃源郷ねえ……)
 そんなもの見たことはないし、本当にあるとも思えないけれど、でもここがそれに似た場所なのだと言われれば、そうかもしれないという気もした。
 
 その後、ご隠居に連れられて、張見世を見物しに行った。
 紅い格子の中に並んだ女郎の中には、ご隠居と顔見知りの者が何人もいるようだった。
「おや、藤木屋のご隠居様。随分と可愛らしい子をお連れでござんすなあ」
「もしや、お孫さんでありんすか? どれどれ、ちょっと顔を見せなんし」
「ほんに可愛らしゅうおすなあ、わっちと遊んでいきなんし」
 格子の中からのびてきた長い煙管に何度となく捕らえられそうになる誠二を、しかしご隠居は大事に腕の中に抱え込み、
「悪いなあ、誠ちゃんの相手はもう儂の方で選んであんのよ。こいつぁ大事な友達でな、そんじょそこらの女郎にゃ預けらねえんだ」
「まあ、失礼な。お恨み申しますえ、ご隠居様」
「残念でありんすなあ、わっちどもで色々教えてあげようと思いんしたのに」
 まだ未練がましく誠二を眺めている女郎達に手を振って、ご隠居は、今度は誠二を引手茶屋に連れて行った。あらかじめ誠二の相手を決めてあると言ったのは嘘ではなかったらしく、茶屋の亭主とさっさと話をつけている。
 茶屋の店先に座って待っていた誠二のもとへ、ご隠居はにやにや笑いながら戻ってきて、
「おう、喜べ誠ちゃん。話はついたぜ。お前さんの敵娼に、もうすぐ会える」
「敵娼?」
「相手してくれる女郎さ。なあに、今日の分の金は儂が持ってやるから、気にすんな」
「金なら自分で出すよ。俺、意外と持ってるぜ」
「野暮言うな、こういうときは素直におごってもらえ。その代わり、裏ぁ返したくなったら、そんときは自分で吉原に来るんだぞ。儂はそこまでは面倒は見ねえ」
「裏?」
「吉原遊びの基本だ。最初に会うのが初会、二回目に会うときのことを裏を返すって呼ぶのさ。そんで、三度目に来たときにゃ、晴れて馴染みになるってわけよ」
「……裏って、返さなきゃいけないもんなわけ?」
「初会で気に入らなきゃ、別に返さなくてもいいさ。女郎にとっちゃ、裏を返してもらえねえのは大層な恥らしいがな。まあ、返す返さないは、お前さんが決めることだ」
「ふうん……」
「あ、ちなみにな。昔、まだ太夫って呼ばれるくらいの女郎がいた頃にゃ、初会じゃ手も握らせてもらえなかったらしいが。──安心しろ。今は、初会からちゃんとやれる」
「……っ、黙れこの助平爺!」
 誠二がわめくと、ご隠居は大笑いしてばしんと誠二の背中を叩き、
「なーにを今更。お前さん、男どもがここに何しに来ると思ってんだ? 大丈夫、夕月は優しいからな、子供だからって馬鹿にゃしねえよ。手取り足取り教えてもらえ」
「うるせえ、この……──夕月って?」
「お前さんの敵娼になる花魁の名だよ。とびっきりの美人だ、期待しな」
 ご隠居はそう言って、にやりと笑った。

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プロフィール

水瀬桂子

Author:水瀬桂子
水瀬桂子。
1月21日生まれ。水瓶座のO型。
趣味は観劇、映画鑑賞、読書。旅に出るのも好きです。
おいしいものを食べて、素敵な物語に接していられれば、この上なく幸せです。
三笠書房f-Clan文庫さんより、『妓楼には鍵の姫が住まう-死人視の男-』『妓楼には鍵の姫が住まう-黄泉がえりの人形-』が発売中です。

なお、「水瀬桂子」は「渡瀬桂子」と同一人物です。渡瀬桂子名義の近刊に『少年魔法人形 キスからはじまる契約魔法』『ある日、月の夜に。-わがままな魔女と人狼の騎士-』(ともに一迅社文庫アイリスさんより)があります。水瀬名義は、f-Clan文庫さんが初めてです。こちらは、より趣味っぽい感じのもの用になりそうな予感…。

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