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お知らせと、今更ながら1000ヒット御礼小話(その1)

2012 - 03/14 [Wed] - 01:34

…1000超えてからもうずいぶん経ってるよね、という話は脇に置いておいてですね。

ちょっと間があきました。いやあの、プチ鬱をこじらせていたわけではないですよ。大丈夫ですよ。ちょっと個人的にばたばたしていただけです。ばたばた中、ふっと綺麗なものが見たくなって「ヒューゴの不思議な発明」を観に行ったら思いのほか泣けて困ったので、そのうち感想を書くかと思います。

ええと、それはともかく、まずはお知らせを。
f-Clanさんの公式サイトにて、『妓楼には鍵の姫が住まう-黄泉がえりの人形-』の試し読みができますよ。よろしければ、ぜひぜひどうぞ。
この試し読み、完全に担当様におまかせしてあるもので、一体どこを使うのかが毎回どきどきだったりいたします。今回も、「ほほう、そこを抜いてきましたか。通ですねえ」という感じで。誠二と紅羽さんが三好屋の縁側で仲良くしてますよ。

そして、小話です。
ネタは「誠二くん15歳、はじめて吉原にきました」なんですが、案の定書いたら長くなりまして、まだ吉原にたどり着けてません(笑)。なので、その2も書く予定です。
じじいを書くのが楽しすぎたのです。…本編が誠二目線でしか進まないので、誰か別の人から見た誠二というのを一度書いてみたかったのです。誠二くん15歳。やさぐれてます。今月発売の新刊と合わせて、誠二のビフォーアフターをお楽しみいただけるかもしれません。
では、小話にご興味のある方は、追記をどうぞ。



 木綿問屋藤木屋のご隠居と言えば、日本橋界隈では有名な爺である。
 名は宗右衛門、長くのばした白髪を後ろで束ね、年の割に派手な着物で粋に銀煙管をくわえ、にやりと笑えばいまだ色気が漂う男ぶり。そこらの飯屋や茶店は勿論のこと、芝居小屋に賭場に廓と大抵の場所に顔が利き、日本橋どころか江戸のあちこちの事情にやたらと詳しい。
 若い頃から相当な遊び人だったらしいが、齢六十を超えてなお人生の盛りを生き続けるこの爺が、近頃、実の孫でもない少年をあちこち連れ歩いているという。
 少年の名は、誠二。
 これまた日本橋界隈では有名な、三好屋の次男坊である。

「──誠ちゃんよう。お前さん、何歳になった?」
 とある茶店の店先に腰掛け、銀煙管を口から離して煙を吐き出しながら、宗右衛門は尋ねた。
 隣に座った誠二が、団子の串をくわえたまま、右の目だけを動かしてこちらを見る。
 なぜ右目だけかといえば、左の目は黒い眼帯で隠されているからだ。色の白い顔は男の子にしては随分と整っており、片目を隠しているのが勿体なく思える。着物から覗く手足はまだ細っこく、自分で適当に切ったとおぼしき中途半端な長さの髪が、肩口でざんばらに跳ねていた。
 誠二は口の中の団子をもぐもぐ噛んで呑み込み、にいっと唇の端を上げると、
「待ったはなしだぜ、じいさん」
「んなこたぁ誰も言ってねえだろがい。儂はただ、誠ちゃんとこうして遊ぶようになって随分経つがそういやこの子は何歳だったかなと、ふと年寄りらしい感慨にふけっただけで」
「はん、どうだか」
 せせら笑うように右目を細め、誠二は視線を二人の間に落とす。
 二人の間には、小さな将棋盤が一つ。
 宗右衛門が誠二とこんな風に将棋を打つようになったのは、半年ほど前からのことだ。たまたま団子を食いに来たら隣に座ることになって、宗右衛門の方から将棋は打てるかと話しかけた。誠二が首を横に振ったので、その場で教えて今に至る。
「そんでお前さん、幾つになったよ?」
「十五。じいさんは?」
「儂ぁ三十五から先は年を取っちゃおらんわい」
「あんたさっき自分で年寄りだって言ってたじゃねえか」
「誠ちゃんだって、いずれわかる日が来るぞう。ああもうこれ以上は年取らんでもいいなあと思う日がきっと来る。例を挙げるなら、ちょっとつまずいた瞬間に、こう、腰にきちまった日とかにだな」
 言いながら、宗右衛門は自分の駒を進める。
 すると、即座に誠二が将棋盤の上に指を下ろし、
「王手」
「待てえええいっ」
「待たねえよ、馬ぁ鹿。団子と茶、じいさんの奢りな」
 そう言って、誠二が串に残った団子にかじりつく。
 宗右衛門はううむと唸って、将棋盤を見下ろした。
「……畜生め、最初は駒の進め方一つ知らなかったガキが、あっという間に師たる儂を超えおってからに。最近のガキは遠慮ってもんを知らねえな」
「勝負ってのは非情なもんだって教えてくれたのは、じいさんだぜ」
「ではお前さんにもう一つ重要なことを教えてやろう。年寄りは敬い大切にせい。そして花を持たせよ」
 大真面目な声で宗右衛門がそう言うと、誠二が喉の奥でけっと笑う。
「何だそりゃ。わざと負けてもらったって、馬鹿にされてんのかと思うだけじゃねえか」
「たった半年であっという間に追い越された人間の身にもなってみんかい。……まあ、誠ちゃんは、教えりゃ大体なんでも一通りできるようになっちまうからなあ」
 宗右衛門が誠二に教えたのは、何も将棋ばかりではない。歌の会にも連れて行ったし、知り合いの三味線の師匠のところに放り込んだこともあるし、賭場にだって連れて行った。が、このガキときたら、大して真面目にやってる様子もないのに、すぐに大体できるようになってしまうのだ。
(……おまけにこのガキときたら、何かができるようになって嬉しいって顔もしやがらねえ)
 横目で誠二を睨み、宗右衛門はまた煙管をくわえる。
 宗右衛門がどうにも誠二を気にかけたくなるのは、このガキがどこか足りていないように見えるからだ。勿論、頭の中身の話ではない。むしろ頭はいい方だ。
 今だって誠二は、宗右衛門に勝てるほど将棋が上手くなったことを喜んではいないだろう。せいぜい、団子を奢ってもらえて得したと思っているくらいだと思う。
 ──店の手伝いもせずに、いつでもその辺をふらふらしている三好屋の次男坊。
 しばらく前に亡くなったおかみに生き写しのこの次男坊を、三好屋の主人は猫可愛がりしているという噂だ。だから店の手伝いもさせずに遊ばせているのだと。
(だが、どうも、死んだかみさんに似てるからってだけじゃあねえらしいがな)
 宗右衛門は、この数十年日本橋界隈で起きたことなら大体知っている。
 この誠二が生まれてすぐに一度死んだらしいという話も──誠二が生き返った後、三好屋が急に商売に成功したという噂も。
(狐が憑いてるとか、三好屋の主人が次男坊を守り神と呼んでるとか、そんな噂もあったかねえ。……あと、眼帯の下の左目についても)
 江戸の街は噂であふれている。
 その噂の中心で、このガキはガキらしくもないへらりとした笑いを浮かべている。
 何にも関心がなさそうな目をしながら、何かをごまかすようにただへらへらと。
(たった十五のガキがする目か? これが)
 いつだったか、誠二が怪我をして現れたことがあった。喧嘩でもしたのか、握りこぶしに血をにじませ、あちこちに傷を作って。
 けれど誠二は、いつもと何も変わらない様子で宗右衛門に向かってへらりと笑った。
 お前さん痛くねえのかい、と宗右衛門が尋ねると、誠二は血のにじむ手を見下ろし、
『……──ああ、うん。痛えよ? ちゃんと』
 やはりへらりと笑って、そう言った。
 どこが痛いのか自分ではまるでわかっていなさそうな、そんな顔で。
 そのとき、なぜだか無性に悲しくなったのを、宗右衛門は覚えている。
 ああ、この子は本当に何かが足りていないのかもしれない。何かとても大切な、普通に生きていれば誰もが自然と覚える何かが欠けているのかもしれない。
 だからいつでも、からっぽな目をして生きているのかもしれない。そう思った。
「誠ちゃんよう。そんなんじゃ、人生つまらねえだろう」
「何だよ急に」
 宗右衛門が言うと、誠二が首をかしげた。
「人生ってのぁ、楽しまなきゃ損だぜ。せっかく生きてんだからよ」
「だから何言ってんだかわかんねえよ」
「誠ちゃん、お前、今夜暇か?」
「いつでも暇だよ。何、また芝居小屋にでも連れてってくれんの? それとも賭場?」
 茶を口に運びながら、誠二が笑う。
「誠ちゃん、筆おろしはもう済ませたか?」
 いきなり宗右衛門がそう尋ねると、ちょうど口に含んだばかりの茶を誠二がぶっと吹き出した。
 そのままげほごほと咳き込みつつ、誠二が宗右衛門を睨む。
「い、いきなり、何……このじじい……っ」
「ああ、儂ぁ今ちょっとだけ安心したぞ。お前さんも、意外と普通にガキっぽいとこあるな」
「っ、るせえ、この助平爺!」
「まあまあ、落ち着け。つまりはまだなんだな? なら、儂がいいとこに連れてってやる」
「……どこだよ」
「吉原」
「は!?」
「儂がとびっきりの天女を紹介してやっからよ。楽しみにしとけ。な?」
 誠二の肩をぐいと抱き寄せ、宗右衛門がにやりと笑って言うと、誠二が一瞬言葉を失って口をぱくぱくさせた。
 その顔を見て、宗右衛門はまた少し安心する。こんな顔もできるなら、まだこいつは大丈夫なのかもしれないと思う。
 こちとら娯楽のために日々を生きてきたような人間だ。こんな何もかもつまらないという顔をして生きているガキを、見過ごせるわけもない。人生なんて、楽しんだ者の勝ちなのだ。
 ガキらしくもないこのガキが、いつかあんな顔で笑わなくても済むようになるようになるなら。
 そのためなら、いくらでも悪い大人になってやろうと思った。
 お節介と言うなら言え。年寄りなんてもんは、お節介な生き物と相場が決まっているのだから。

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プロフィール

水瀬桂子

Author:水瀬桂子
水瀬桂子。
1月21日生まれ。水瓶座のO型。
趣味は観劇、映画鑑賞、読書。旅に出るのも好きです。
おいしいものを食べて、素敵な物語に接していられれば、この上なく幸せです。
三笠書房f-Clan文庫さんより、『妓楼には鍵の姫が住まう-死人視の男-』『妓楼には鍵の姫が住まう-黄泉がえりの人形-』が発売中です。

なお、「水瀬桂子」は「渡瀬桂子」と同一人物です。渡瀬桂子名義の近刊に『少年魔法人形 キスからはじまる契約魔法』『ある日、月の夜に。-わがままな魔女と人狼の騎士-』(ともに一迅社文庫アイリスさんより)があります。水瀬名義は、f-Clan文庫さんが初めてです。こちらは、より趣味っぽい感じのもの用になりそうな予感…。

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