瀬を渡り水の向こうへのナビゲーター   topページ > 2012年08月  

らまんちゃ。

2012 - 08/20 [Mon] - 00:24

先日、帝国劇場で上演中の『ラ・マンチャの男』を観てまいりました。松本幸四郎さん主演&演出のミュージカルでございます。大変有名な作品で、私が生まれる前から繰り返し上演されてきたお芝居ですが、私は今回初めて観ました。観るまではあらすじもあまりよく知らず、「確かドン・キホーテの話だよねこれ」という程度。歌も、「ドルシネア」くらいしか知りませんでした。いやー、何で私もっと早くこれ観に行かなかったの! こんなに素晴らしいのに!
というわけで、感想でございます。いつものごとくネタバレいたしますよー。

詩人セルバンテスが従僕と共に投獄されるところから、物語は始まります。セルバンテスは教会侮辱罪で投獄されたのですが、他の囚人たちは泥棒や人殺し。セルバンテスの荷物を勝手にあさり、小突き回し、やがて出てきた牢名主はセルバンテスを裁判にかけると言い出します。まあ、囚人達の暇つぶしなのでしょうね。書きかけの原稿を燃やされそうになったセルバンテスは、慌てて「申し開き」を始めます。彼は詩人なので、彼が行う「申し開き」は、その場の囚人全員を使った即興劇の形で行われるとのこと。荷物の中から取り出したメイク道具で顔に化粧を施しながら、セルバンテスは語り始めるのです。騎士物語を読みすぎて、己自身を遍歴の騎士と信じ込んだ男の物語を。全ての悪を滅ぼすために旅をする、あの愚かで愛すべき『ドン・キホーテ』の物語を。

8月19日は、セルバンテス/ドン・キホーテ役の松本幸四郎さんの70歳のお誕生日であり、『ラ・マンチャの男』の1200回めのステージとなるのだそうです。素晴らしい記念日ですね。
松本幸四郎さんを舞台で拝見するのは、去年の『アマデウス』以来。本当に、すごい役者さんだと思います。迫力がある。台詞の一つ一つがとても深い意味を持って聞こえ、でも面白いときはとても面白い(笑)。舞台上の彼が持つ引力はとてつもないものがあります。
頭のいかれたドン・キホーテには風車が巨人に見え、汚い旅籠が城に見え、旅籠の下働きの娘が美しい姫に見える。キホーテに従う従僕のサンチョの目には、風車は風車に、旅籠は旅籠に、娘はただの娘にしか見えませんが、何しろサンチョはキホーテのことが大好きなので、彼の夢物語にひたすら付き合ってあげる。「すべてはものの見方だ、どうしてお前はそんな見方しかできないんだ」とキホーテは言い、サンチョは首をひねりながらもご主人様に従うのです。この二人のシーンはとても面白く、そして微笑ましい。サンチョ役の人面白いなあと思ってたら、『ダンス・オブ・ヴァンパイア』でクコールを演じてた駒田さんだった! どうりで面白い!(笑)
旅籠の下働きの娘アルドンザ役は、松たか子さん。底辺の底辺に位置する己の人生を憎み、自分を蔑み、自分に群がる荒くれ男どもを適当にかわしながら生きてきたアルドンザ。はすっぱな娘の役ですが、松たか子さんが演じると可愛げがあってとても良いですね。そしてスタイルが良い(笑)。素敵なお胸の谷間やらスカートをぱっとめくったときに見える太ももやらにどきどきしてたら、その後で太もも丸出しのシーンがあった!
かけらも美しくない現実を生きてきたアルドンザは、自分がキホーテの思い姫ドルシネアなんかじゃないってことを誰よりも一番よく知ってる。そのアルドンザが、徐々にキホーテの夢物語にほだされていく。頭のおかしい、どこまでもへんてこな、でも真っ直ぐで美しいキホーテの夢。それまでの自分の生き様と対極にあるそれを、アルドンザが信じたくなってしまうのもわからなくはありません。でもそのせいで、アルドンザがあそこまでひどい目に遭わされるとは思いませんでしたよ! キホーテの言う「正しい心」を守るために、自分がぼこぼこにのしてしまった荒くれ男達(いや、キホーテやサンチョもその場にいたんですが…ほぼ戦ってたのはアルドンザだけで…強いぞアルドンザ)の手当てに向かったばっかりに、そのまま男達に乱暴され連れ去られてしまうという…ここ、結構私はショックを受けました。げ、現実って、厳しすぎる…。そして、ぼろぼろになって戻ってきたアルドンザを見ても、キホーテの夢物語は解けないのです。
結局、キホーテの夢物語を打ち砕いたのは、友人のカラスコ博士。鏡の騎士に扮した彼は、キホーテを何枚もの鏡で取り囲んで己の本当の姿を見せつけ、彼を現実へと引きずり戻すのです。この辺も容赦ない…。

この物語の中でひたすら対比されるのは、夢と現実。キホーテの台詞の中には「事実とは、真実の敵なり!」というものがあり、セルバンテスもまた「人生自体が気狂いじみているとしたら、本当の狂気とは何だ。夢に溺れて現実を見ないものも狂気かもしれぬ。現実のみを追って夢を持たぬものも狂気かもしれぬ。だが一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけてしまって、あるべき姿のために戦わないことだ!」と叫びます。でもその夢は、他人の目から見れば頭がおかしいとしか思えない戯言で、最終的には己自身の現実の姿を鏡で見ることで打ち砕かれてしまうのだなー…と。ええと、この辺は、物書きとして結構本気で胸に痛かったかもしれません…。くそう、カラスコめ。詩人が夢物語に生きる気狂いを愛して何が悪い!
夢は現実に打ち砕かれ、絶望したキホーテは病の床に。けれどそこにやってくるのは、アルドンザ。キホーテとしての己を忘れてしまった彼のベッドにすがりつき、彼に夢物語を返してあげる。再びドン・キホーテとして立ち上がった彼は、サンチョとアルドンザと一緒に雄々しく「我こそドン・キホーテ、ラ・マンチャの騎士」と歌い、そして息絶えるのです。ドン・キホーテは死に、けれどその夢物語はアルドンザに受け継がれ、アルドンザは「あたしの名はドルシネア」と名乗る。闇に溶けゆく舞台の中で一筋の光を浴びた彼女の姿は、美しくも哀しかったです。
そして即興劇が終わり、宗教裁判にかけられるために牢獄から出ていくセルバンテスを、囚人たちは「見果てぬ夢」を歌いながら見送るのです。夢は実りがたく、敵は多いけれど、それでも正しいもののために進んでいく…というその歌は、即興劇の中でキホーテが歌ったもの。これから現実と戦いに行くセルバンテスを送る歌として、これほどふさわしいものもないでしょう。

キホーテ、アルドンザ、サンチョ、とにかく皆様魅力的でした。というかこの舞台、役者さんが誰も彼も素晴らしい。牢名主&旅籠の主人役の上條恒彦さん、大好きです。神父役の石鍋多加史さんの歌声も素晴らしかったですし、床屋役の祖父江進さんも歌が上手い上に面白い(笑)。酒場の男達の中にも、ものすごく歌の上手い方やイケメンさんがいて、なんてお得感漂う舞台! アントニア役の松本紀保さんも面白かったんですが、のどの調子が悪かったらしく、ちょっとひやひやする感じの歌声でしたね…。

とても良いお芝居でした。観に行って良かったです。松本幸四郎さん、どうかいつまでも『ラ・マンチャの男』であり続けてください! 

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プロフィール

水瀬桂子

Author:水瀬桂子
水瀬桂子。
1月21日生まれ。水瓶座のO型。
趣味は観劇、映画鑑賞、読書。旅に出るのも好きです。
おいしいものを食べて、素敵な物語に接していられれば、この上なく幸せです。
三笠書房f-Clan文庫さんより、『妓楼には鍵の姫が住まう-死人視の男-』『妓楼には鍵の姫が住まう-黄泉がえりの人形-』が発売中です。

なお、「水瀬桂子」は「渡瀬桂子」と同一人物です。渡瀬桂子名義の近刊に『少年魔法人形 キスからはじまる契約魔法』『ある日、月の夜に。-わがままな魔女と人狼の騎士-』(ともに一迅社文庫アイリスさんより)があります。水瀬名義は、f-Clan文庫さんが初めてです。こちらは、より趣味っぽい感じのもの用になりそうな予感…。

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